☆Open!はっぴぃDoors☆
2008年発覚の乳がん7年生。 病気が教えてくれた大切なこと、これを機に次々と開く新しい世界の扉。  素敵な仲間との出会いに感謝して、凸凹な毎日を楽しみながら、笑顔いっぱいで穏やかに過ごしていきたいなぁと思っています。
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■備忘録■術後治療への道 -9- あとがき

1年半前のわずか2週間ほどの間の考え悩んだ治療の選択の過程を
長々綴ってきました。
でも私にとっては、この期間が、病になってから一番心に残る濃い時間でした。


そんな備忘録にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。  m(__)m



実は決意表明の後も、何かあるたびに気持ちが揺れることばかりで
そんな自分に何度も戸惑いました。

ただ、どんな時でもその感情をきちんと味わうというのもモットーなので、
思わぬ感情を持つ新しい自分発見!でもありました。



そうして、内分泌治療と放射線治療が始まりました。

抗がん剤治療に費やすはずだった時間なのだから、
いい加減な毎日は過ごすまい、一瞬でも大事にしよう・・・と
若干、勢い余り過ぎていたような気もします・・・が。 <笑>


念願の仕事は、想像以上に大変で忙しく、病気のことを忘れてしまうくらいでした。
その分、無事にやり遂げることができた時の充実感は格別なものでした。

また、普段知り合う機会のない、さまざまな方との出会いにも恵まれ、
とても素敵な仕事に携われたことを、本当に幸運に思いました。


家族とも絆を確かめ合える時間を過ごし、
子供とも一緒にいろんなところに出かけ、
たくさんの貴重な経験と、楽しく幸せな思い出は宝物になりました。

もうこれだけで、数%の可能性より何倍も何十倍も、
いえいえ、もっとも~っと・・・大きなものを
手にすることができたと十分に満足しています。




私の大好きなayaさんのブログに大きく心を揺さぶられたエントリーがあります。

 → 1年前の私へ   (ayaさんからリンクご諒承頂いております)

なんと素敵なお手紙なのでしょう。

ひとつひとつの言葉に込められた想い、
また行間からあふれる想いに涙がこぼれました。 

とてつもない不安の中で、もがいているとき
未来の自分から、

  未来のあなたは、楽しく笑ってるから、心配しなくて大丈夫だよ。
  と、やさしく呼びかけられ、
  失う以上に大きな幸せを手に入れることができるから、
  楽しみに前を向いて歩いておいで。
  と、愛情をもって見守られていたら
  どんなに安心と希望を持って歩みを進めることができることでしょう。


きっと今までも・・・、そしてこれからも・・・
たくさんの方が
治療後の幸せな自分をイメージされ、
心の奥に大切にしまわれるメッセージだと思います。 


今も、考え悩みぬいた治療の選択を後悔することはありませんが、

  もし、あの時、この手紙に出会っていたら、
  もしかして違う道を選んでいたかもしれないな・・・

と思うことも・・・あります。






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[2009/11/29 12:00] | 治療の選択 | コメント(4) |
■備忘録■術後治療への道-6- 傾いた秤

決心を伝えそびれた挙句、新たな迷路に入り込んだ私の足は
とぼとぼと会社へ向かっていました。

いつもこんな自分が恥ずかしくなるのですが、
張り詰めた気持ちが涙に変わらないよう、ヘラヘラ笑いながら報告していました。
 
上司から何が問題なのかを書き出してみるように言われました。
行き詰った時によく使う手です。

1週間、自分の生き方を見つめなおす作業になりました。
大切なものの優先順位。 
この病にどう向き合うのか。 
そして、どこに向かおうとしているのか。人生の目的は何なのか・・・。

これまで何事も全力でやってきました。
やってする後悔とやらずにする後悔なら、必ず前者を選んできました。

誰だって逃げ出したいこの局面で、みんな頑張って闘っているのに自分は逃げ出すのか。

後ろめたさと情けなさ。
再発率の数字以上に、この気持ちをどう整理していくかも難題でした。

いつも深刻な場面でも笑って茶化してかわしてきましたが、今回だけはそうもいかず、
今までで一番真剣に考える機会を与えてくれました。

悩んで・・・、
考えて・・・。

答えを求めて、PCに向かうと、画面にはもっともっと大きな決断を迫られ、
それぞれに勇気ある選択をされたブログの中の先輩患者さんに圧倒され、励まされました。
それに比べ、なんとちっぽけなことで迷っているんでしょう。


でも、自分が自分らしくあるためのこだわりもあります。


抱え込んでいるたくさんものをひとつひとつ確認しながら、
順番に秤にかけてゆきました。
今まで見て見ぬふりをして、向き合うことができなかった大切なことも、、、。 

殿下先生から説明された数字は、化学療法を受けることにより
再発が0になるのならまだしも、失うかもしれない大事なものに比べ、
確率が低すぎるように、(この時の私は)感じました。


秤は、傾きました。


再発率を下げるチャンスより、
今、自分が思うように過ごせる時間と小さな幸運をつかみ続けるチャンスを選びました。

殿下先生の言葉どおり、どちらが正解ではなく、自分が満足する治療の選択です。

苦しかった選択ではあるけれど、この機会を与えてくれた先生に心から感謝し、
たとえいつ再発しても後悔しないように、これからの毎日を大切に過ごしていこうと
心に誓うのでした。





[2009/11/17 20:00] | 治療の選択 | コメント(0) |
■備忘録■術後治療への道-3- 作戦会議
化学療法宣告を受けた日、茫然自失のままヨタヨタと会社に戻って、
職場の上司と仲間に報告しました。


早速、作戦会議が開かれました。


先にメールで報告したせいもあって、正気を失っている本人を尻目?に、
化学療法ありきで、話はどんどん進みます。
やはり、信頼できる専門家の判断が一番。
ここは主治医の方針に従って、段取りしていけば大丈夫だろうという結論に達しました。

とりあえずは、有給休暇を使い、様子を見る。
副作用で体調がすぐれず、再度入院したりという場合には、
有給を使い切った時点で、考えましょうと。


治療に専念して休職することを勧められるかもと思っていたのに、笑顔の上司から
自分たちもできるだけサポートするから、いけるところまでやってみよう。
しんどかったら、その都度考えて対応していこう!とありがたい言葉を頂きました。


休職や退職すれば、代わりの人を入れてもらえる可能性もありますが、
こんな中途半端な状態では人の補充はありえません。

ただでさえ、残業の多い職場。
これ以上、周りに負担をかけるのも躊躇われましたが、
温かく力強い応援に、素直に従う気持ちになっていました。

こんな優しく素敵な職場の仲間たちにガッチリと支えられ、
さっきまでの辛い思いが、幸せな思いで満たされてゆき、
涙をこらえるのが精一杯でした。


ただ、当時、1年半かけてのプロジェクトがスタートしたばかり。
この先、多分、こんな機会に恵まれることはないだろうという仕事に
担当のひとりとして関われるチャンスを与えられていたところでした。

とても期待を持ち、張り切っていたにもかかわらず、1年4ヶ月の治療と完全に
バッティングしてしまっていました。
当然、通常業務に上乗せとなるこの仕事は、相当ハードになることが予想され、
このチャンスをあきらめざるを得ないことが、残念で、そして悔しくて仕方ありませんでした。



職場の仲間の勢いのあるサポートに、ショックはいつしか
どうやって仕事と両立させていくかへ変わってゆきました。
次の受診日には、治療スケジュールは休日をできるだけ有効に使えるよう
殿下先生にお願いしようとまで決めていました。


遅ればせながら、この日から自分の病気の猛勉強が始まりました。



そして、最後に残ったのは母への報告という一番の難題でした。



[2009/11/04 20:00] | 治療の選択 | コメント(0) |
■備忘録■術後治療への道 -1-  さんざんな受診日 
退院から2週間後の外来受診日。

仕事もフルタイムに戻って1週間、早々と宴会デビュー も果たし、
やっと以前とほぼ同じペースを取り戻したころでした。

ずっとあった微熱が、ようやく下がりだしたこのころ。
体調もよく、すっかり完治したつもりになっていました。


久しぶりの殿下先生・たか子先生・ボンちゃん先生にお目にかかれるので
待合室からひとりハイテンション気味

ところがこの日も外来は激のつく混みようでした。

待つこと〇時間。やっと呼ばれたのは17:00・・・。(今ではこれくらいヘッチャラですが)
まだ、後に他の患者さんもお待ちでした。
それでも気を取り直し、『せんせ~、こんにちは~』 と診察室へ。

『どーですかー。』と殿下先生のくたびれた笑顔。
『まだ、病理の結果がでてないけど・・・。』の重要な言葉も私の耳はスルー。

殿下先生により患部のチェックが始まりました。
傷は赤く、周りはボコボコとして、ところどころ固くなっています。
胸も熱を持ち、奥の方に重くずーんとした痛みをもって、はれています。
心配げな私に
『大丈夫。きれいになってます。赤みもデコボコも徐々に消えるから心配ないですよ』と。

たか子先生からは毎日入浴後、傷のテープを貼り替えるようにと貼り方を教わり、
売店が終了してたら買えないからとテープを少し分けて頂きました。

てんこ盛りの患者さんの処置に忙しく、こまネズミ のように動きながらも
こんな細かいフォローを忘れないのが、たか子先生のすごいところです。


このとき、何の勉強もしていなかった私は、手術でがん子ちゃんを取ってしまえば、
治療はほぼ終わり、術後治療は自分には必要ないんじゃないかと思っていました。

そして、この期に及んでまだ
放射線治療は必要なのかと、とぼけた発言をする始末。

すると、目から一瞬、鋭い光を放った殿下先生は
(お疲れもあって、しつこい患者にカチンときたのでしょう)
何度も説明したように(とキツーイ前置き)、必要な治療であることを淡々と仰られました。
(ひぇ~、先生怒ってる~。ご・ご・ごめんなさい。。。とテンション急降下。)

知識がないことによる放射線治療に対する恐怖と、
場合によれば、やらなくて済むかも・・・という安易な考えもありましたが、
この治療は、やらざるを得ないんだと、やっとこさ、お腹をくくりました。

そしてこの日、ボンちゃん先生が声をかけてくれましたが、異動されることを告げる
ご挨拶だったことにショックを受け、ますますガックリきてしまいました

当然ながら、テープを買うはずの売店もとっくに営業終了していました。

病院の外はすっかり陽も落ち、真っ暗になった道  をトボトボ帰るのでありました。



[2009/10/25 17:45] | 治療の選択 | コメント(0) |
プロフィール

トンきち1号

Author:トンきち1号
年齢:ココロは永遠の17歳☆
性別:おっちゃん風女子
住居:トンきち星
趣味:デパ地下&催場 物産展巡り
歴史:2008年早春 乳がんデビュー
左胸温存手術・放射線治療25+ブースト5の全30回
現在ホルモン治療中。
※ゾラデックス1回/4週注射 (5年)
 ノルバデックス1錠(20mg)/1日服用 (5年)
 消化器内科・婦人科にも通院中。(半年に1回)

ご訪問ありがとうございま~す

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