☆Open!はっぴぃDoors☆
2008年発覚の乳がん7年生。 病気が教えてくれた大切なこと、これを機に次々と開く新しい世界の扉。  素敵な仲間との出会いに感謝して、凸凹な毎日を楽しみながら、笑顔いっぱいで穏やかに過ごしていきたいなぁと思っています。
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■備忘録■放射線科受診~卒業写真~
今日は、元横綱朝青龍関の断髪式があって、
たくさんの方がはさみを入れられたようですね

これが横綱の卒業式。朝青龍関、お疲れ様でした。


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2008年6月(やっと終わりです)


放射線科卒業後すぐの乳腺科の診察を終えた遅々、
その日の患者さんの治療が終わった放射線科をたずねました。


終業を迎える時間にもかかわらず、
技師さんや看護師さん、みなさんが集まって下さいました。


治療の最終日会えなかった技師さんたちにお礼のご挨拶をして
おひとりおひとりと握手を交わし、励ましの言葉を頂きました。


そして一番心通わせた技師さんは、

 『もうここへは来たらあかん。
  でも、もし・・・、もしな、またここへ来なあかんことになった時は
  ガンマナイフでもサイバーナイフでもできる限りのことやったるから
  心配せんでも大丈夫。僕らにまかせとき。これからも頑張りや。』

と、ぎゅっと手を握り締めてくれました。


温かい言葉に感謝の思いで胸がいっぱいになり、
しばらく涙が止まりませんでした。



最後にお世話になったみなさん全員と
リニアックの機械をバックに写真撮影をしました。


とても大切な卒業写真です。



宝物なのに、お化粧がはげた妖怪トンきちが写ってたね
    なんか笑えるねってポッチリお願いします。
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[2010/10/03 22:07] | 放射線治療 | コメント(4) |
■備忘録■放射線科受診~卒業式~
昨日、中日ドラ〇ンズさんの優勝が決まりましたね
悔しいけれど落合監督とドアラくん?にも拍手です

タイガ〇スにはクライマックスシリーズで頑張ってもらいましょう

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2008年6月(まだ続きます)

放射線治療中は、気候の良い季節。30日間中、雨に降られたのは3回。
お天気のように順調な?毎日は、あっという間に過ぎてゆきました。


治療最終日、『ヤッター、終わった~』と家に帰ってお風呂に入るとき、
無理に剥がさないよう注意されていたテープを剥がしたら
ギャーーっ、皮膚まで剥がれて、因幡の白うさぎ状態に…トホホ。

でもお湯はしみましたが、テープを気にせず入れる喜びにしみじみ浸っていました。



翌日、学会から戻られた王子先生の診察を受けに 出かけました。


お世話になったお礼を伝えて、技師さんとの嬉しかったエピソードを伝えると
『よそ行って病院の名前言わんといてな』と口止めされました
(あれあれ。ええ話やと思うねんけど・・・)


そして『あんなに注意したのに・・・』
苦笑されながら、触診を受けて、

『肺の写真も異常なし。』
『よく頑張りました。おめでとう・・・』
とねぎらいの言葉ををかけられた途端。

なんだか自分でも理解し難い、
ホッとしたような、嬉しいような、名残惜しいような、
達成感で胸がいっぱいなような、不思議で複雑な感情が湧き上がり、
号泣してしまいました。
(薬のせい?会社員生活〇〇年、仕事では泣いたことないのに。)

『おやおや、どうしたん・・・。よう頑張ったもんな。大丈夫大丈夫』と
笑顔で励ますように肩をポンポンしてくれる王子先生。
(この時、上半身裸、マワシ姿の力士状態ですから
 今思い出しても、こっ恥ずかしい~。)


その日のQのメッセージは『ママのことありがとうございました』
(テープは傷を通り越して背中まで届いてました<笑>)でした。

向き直られた先生から
『息子さんに、ママ頑張ったよ~。とよろしく言っておいて』
と嬉しい伝言を託されました。


最後に一緒に写真を撮って頂いて(頼んでないのに肩に手が回っていた
ちなみに服はちゃんと着ていますよ)
卒業記念品と卒業証書(治療後の注意事項を書いたもの)を頂きました。

答辞の代わりに、Qと二人で書いた、
王子先生とお世話になったみなさんへのお礼状を渡して帰ってきました。



とても幸せな卒業式でした。




一番お世話になった技師さんにもちゃんとご挨拶しないとね。
  とポッチリよろしくお願いします。
[2010/10/02 16:30] | 放射線治療 | コメント(0) |
■備忘録■放射線科治療第26回~30回
昨日は曇りがちの空にそぼふる雨。
今日は爽やかな晴天。

落ち込むことやしんどいことがあって気分が雨の日もあってもいい。
きっと明日は晴れが待ってると思えるような気持ちで過ごしたいな。

--------------

2008年6月も終盤になったころです。


術後の病理結果では断端陽性でした。
(断面には露出してないけれど、断端から5mm以内に
 がん子ちゃんが潜んでいたそうです)

その為、放射線治療の26回目から5回はブースト照射が行われました。
四角いアタッチメントをつけた機械で、腫瘍があった部分にだけ
電子線をピンポイントで照射する治療です。

これは照射量を増やすことによって乳房内再発のリスクを
減少させる目的で行われるそうです。

といってもそれまでの治療と同じで時間も5分足らず、
体勢もバンザイのままで、なんら変わりはありません。


ただ、この5回が終わるまでは同じような固さだった胸が、
終わったときには、ブーストを受けた一部分だけ
カッチカチに固くなって、サイボーグのようになりました。



そしてとうとう最後の治療の日。

この日Qが書いたテープのメッセージは
『ママがお世話になりました』でした。

技師さんたちも笑顔いっぱいで迎えてくれました。


会う人みんなに今日が最後なんです。と触れ回り、治療が終わると
お世話になった看護師さんに『終わった~。』と、飛びつきました。

『お疲れ様。よう頑張った。頑張った。』と
看護師さんの腕の中で、幼い子のように頭を撫でてもらいながら、
何度も何度もうんうんと頷いていました。


残念ながら、この日、王子先生は学会でお留守でしたが
技師さんたちが次々に声をかけてくれました。

『お疲れさま、よく頑張りました』
『やっと終わってよかったね』
『子供さんによろしく』と
ハイタッチしたり、背中をトントンとされたり、
温かく見送ってもらいました。


達成感いっぱいで、病院から外へスキップしながら一歩を踏み出した時に
吹いてきた爽やかな風の匂いは今でもしっかりと記憶に刻まれています。





放射線治療30回大変だったけど、素敵なみなさんに支えてもらえてよかったね。
  と応援よろしくお願いします。
[2010/10/01 22:53] | 放射線治療 | コメント(4) |
■備忘録■放射線治療23回~25回
先日、偶然・・・それも1年以上ぶりに、
放射線科の主治医、王子先生にお会いできて、とてもHAPPYな日になったのですが、
備忘録をほっちゃらちゃ~ にしてることを思い出しました


何をやらせても中途半端・・・はイカン
というわけで、タイムマシンで懐かしい2年前に戻ります

*****

2008年6月

やっとこさ、30回のゴールが見え始めたころのこと。

技師さんから感動のメッセージ(放射線治療22回ご参照下さい)
に号泣した翌日。

テープに書かれたQのメッセージは『お返事ありがとうございました』でした。

たまたま翌日も同じ技師さんが『あっ。気づいてくれたんやね』と
ニコニコ笑顔で声をかけてくれました。
(なんだか気分は伝書鳩・・・ぽっぽぉ



その頃の患部の状態は、
+の印に沿って、ものさしで書いたように長方形に赤く焼け、
胸は焼け焦げたアンパン。
熱を持ち、痛痒く、地腫れして、それはそれは悲惨な状況でしたが・・・。

お薬 を頂くこともなく

王子先生曰く、『まだましな方』だったそうです。


その当時、一番恐怖だったのは通勤の満員電車でぶつかられることで、
冷や冷やしながら、ずっと右手で左胸をかばっていました。

ここまでで2グレイ×25日=50グレイの照射が終わり、
翌日からは、ブーストと呼ばれる電子線での追加照射5回が始まるのでした。




いくら自分の為の備忘録でも、2年も前だと忘れちゃうよ!早く追いつこうね。と
  応援よろしくお願いします。
[2010/09/28 21:43] | 放射線治療 | コメント(4) |
■備忘録■ 放射線治療編 第22回 ~message board~ 
毎日、気持ちのいいお天気が続いていますね

ちょうど2年前のこの爽やかな季節は、放射線治療の真っ最中でした。
今でもこの空気の匂いは、懐かしいような切ないような思いと
家族への感謝の気持ちを思い出させてくれます。



2008年6月 放射線治療22回目のこと

手術後、退院してから、
わきの下の傷跡のテープを貼り替えるのですが、
自分ではよく見えないし、片手ではうまくできないので、
毎日、Q(子供/当時小学5年生)が貼り替えてくれていました。


放射線治療が始まる頃から、テープには、
毎日Qのいろんなメッセージがマジックで書かれるようになりました。
 『ママがんばれ』
 『ママファイト』
 『ママだいじょうぶ』

治療して下さる先生や技師さんたちは最初
『何コレ?』 とビックリされていましたが、
 『やさしいお子さんやね~。』  『今日はなんやろ?』
とお声をかけていただくようになりました。


だんだんネタ?も切れてきて
中盤から七夕の短冊のようになりました。
 『○○○買って』
 『DSやらせて』
 『じゅく続けさせて』
(お勉強しないので辞めさせようとしていたの<笑>)

ちょっと傾向変わってきたね。とみんなで苦笑していました。


その後、ますます調子にのってきました。
 『ママぶたまん』
 『ママトン(豚)足』
 『ママメタボ』
    
 これはさすがにめちゃウケしましたので
 治療中に爆笑されたことを家に帰って話しました。

Qはこの日初めて、自分のメッセージが母の私以外の人に
伝わっていることに気づきました。
それと同時に反応があったことを聞いて、
とても嬉しかったようです。


そんなある日、治療の最中に技師さんから
 『諒解!』  と親指を立てながら
声をかけられました。

え?と思って、テープを見てみると
 『ママをよろしく(ペコリ)』 とありました。
とても温かい空気に包まれ、
治療の機械が少し滲んで見えました。


その日、帰宅してお風呂に入るとき、
テープを剥がしてくれたQは
驚いたような照れたような表情で笑っています。

湯船につかった私に外から、
剥がしたテープをそっと渡してくれました。



『ママをよろしく』の文字の下に小さく
 
『OK!』  と書いてありました。



こみ上げる思いを抑えきれず、
しょっぱいお湯にいつまでもつかっていました。






[2010/06/11 06:11] | 放射線治療 | コメント(8) |
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プロフィール

トンきち1号

Author:トンきち1号
年齢:ココロは永遠の17歳☆
性別:おっちゃん風女子
住居:トンきち星
趣味:デパ地下&催場 物産展巡り
歴史:2008年早春 乳がんデビュー
左胸温存手術・放射線治療25+ブースト5の全30回
現在ホルモン治療中。
※ゾラデックス1回/4週注射 (5年)
 ノルバデックス1錠(20mg)/1日服用 (5年)
 消化器内科・婦人科にも通院中。(半年に1回)

ご訪問ありがとうございま~す

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1.がん子チャン治療の記録(自分用備忘録) 2.支えてくれる大切な方々のこと

3.感激episodeや粗忽者故の笑い話   4.美味しいもの                 5.お気に入り

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